近年、多くの職場で導入が進むBYODですが、福祉の現場でも例外ではありません。BYODは「Bring Your Own Device」の略で、職員や利用者が個人のスマートフォンやタブレットなどを業務で利用することです。この記事では、福祉の現場でBYODを導入する際に、どのようなリスクが潜んでいるのかを解説します。この記事を読むことで、BYODのリスクを正しく理解し、安全な環境を築くための第一歩となるでしょう。
そもそもBYODとは?福祉現場で広がる背景
BYODとは「Bring Your Own Device」の略で、個人が所有するスマートフォンやPCを業務に利用することを指します。例えば、職員が自分のスマホで業務用アプリを使ったり、利用者情報を記録したりするケースです。
福祉の現場で広がっている背景には、端末貸与のコスト削減や、職員が使い慣れた端末で効率的に働ける利点があります。
また、LINEなどの普段使うアプリで利用者と円滑にやり取りできることも大きな理由です。こうした利便性から、福祉分野でもBYODの導入が進んでいます。
福祉職員が直面するBYODの具体的なリスク

BYODは便利な一方で、福祉職員にとっては多くのリスクが伴います。特に個人情報を多く扱う福祉の現場では、その危険性を正しく認識しておくことが不可欠です。ここでは、職員が直面する具体的なリスクについて詳しく見ていきましょう。
情報漏洩のリスク
最も大きなリスクは、やはり情報漏洩です。個人のスマートフォンを紛失したり、盗難に遭ったりした場合、端末に保存されている利用者の氏名や住所、障がいの詳細といった機密情報が外部に流出する恐れがあります。
また、ウイルス対策が不十分な端末がマルウェアに感染し、そこから情報が抜き取られるケースも考えられます。さらに、プライベートで利用しているSNSに、誤って業務情報を投稿してしまうといったヒューマンエラーも起こり得ます。
公私混同によるトラブル
BYODは、仕事とプライベートの境界線を曖昧にしてしまう危険性もはらんでいます。例えば、利用者に個人の連絡先を教えることで、業務時間外にも連絡が来てしまい、職員の負担が増大することがあります。
また通信費や端末の購入費用など、どこまでが業務経費でどこからが私的利用なのか、線引きが難しくなる問題も生じます。こうした公私混同は、職員のストレス増加や、職場全体の労務管理の複雑化に繋がります。
セキュリティ対策の不備
職員が個人で所有する端末は、そのセキュリティレベルがバラバラです。
- OSのバージョン
OSが古いまま更新されておらず、脆弱性が放置されている端末があるかもしれません。 - アプリの管理
セキュリティ上問題のあるアプリをインストールしている可能性も否定できません。 - パスワード設定
パスワードを設定していなかったり、推測されやすい簡単なものにしていたりするケースも考えられます。
事業所側で端末を一元管理できないため、セキュリティ水準を一定に保つことが非常に困難になるのです。
利用者側が注意すべきBYODの隠れた危険性
BYODのリスクは職員や事業所だけでなく、支援を受ける利用者にとっても大きな問題です。自分の情報がどう扱われているのか、利用者自身が意識を持つことが大切です。
個人情報の管理リスク
障がいや家庭事情などのデリケートな情報が、職員個人の端末に保存されることは不安の種です。端末の紛失や退職によって、情報が残り続ける恐れもあります。
連絡トラブルの懸念
個人の連絡先を知ることで便利になる反面、依存や時間外の連絡によるトラブルに繋がることがあります。職員ごとに連絡方法が異なると、利用者が混乱する可能性もあります。
公平性の欠如
一部の利用者だけが頻繁に個別のやり取りをすると、「特別扱い」と感じられ、支援の公平性が損なわれる危険があります。BYODは利便性がある一方で、公平で安心できる支援を揺るがすリスクを含んでいます。
情報漏洩だけじゃない!BYODがもたらす事業所のリスク

BYODがもたらすリスクは、職員や利用者個人に留まりません。事業所全体を揺るがす、経営上の重大な問題に発展する可能性があります。ここでは、事業所が直面するリスクを法的、労務、情報管理の3つの側面から解説します。
法的・信用的リスク
万が一、職員の私物端末から利用者の個人情報が漏洩した場合、事業所は厳しい責任を問われることになります。個人情報保護法に基づき、行政からの指導や罰則が科される可能性があります。
それだけでなく、利用者やその家族から損害賠償を請求される訴訟に発展するケースも考えられます。一度でも情報漏洩事故を起こしてしまうと、事業所の社会的信用は大きく失墜します。
地域からの信頼を失い、事業の継続そのものが困難になるという最悪の事態も想定しなければなりません。
労務管理上の問題
BYODは、職員の働き方を曖昧にし、労務管理を複雑化させる要因にもなります。例えば、職員が自宅に帰ってからも私物端末で業務の連絡に対応している場合、どこまでが労働時間なのかを正確に把握することが困難です。
これがサービス残業の温床となり、職員の心身の健康を損なうことにも繋がりかねません。また、業務とプライベートの切り分けが曖昧になることで、職員が過度なストレスを抱え、離職率の増加に繋がる恐れもあります。
組織としての情報管理が困難に
BYOD環境では、業務に関する重要な情報が、各職員の個人端末に散在してしまいます。これにより、組織として情報を一元管理し、適切に共有することが難しくなります。
例えば、ある利用者に関する重要なやり取りが、特定の職員のLINEの中にしか残っていないという状況が起こり得ます。その職員が急に退職してしまった場合、重要な支援情報が失われ、引き継ぎがうまくいかないといった問題が発生するリスクがあります。
安全にBYODを導入するための必須ルール作り
BYODのリスクを理解した上で、それでも導入を検討する場合には、徹底したルール作りが不可欠です。場当たり的な運用は、必ずどこかで綻びが生じ、重大な事故を引き起こします。
ここでは、安全なBYOD運用のために最低限整備すべきルールについて解説します。
BYODポリシー(利用規定)の策定
まず最初に行うべきは、BYODに関する明確なポリシー(利用規定)を策定することです。このポリシーには、誰が、いつ、どの端末で、どの情報を、どの業務まで利用して良いのかを具体的に定める必要があります。
- 利用範囲の明確化
業務で利用を許可するアプリを限定し、それ以外のアプリでの業務情報のやり取りを禁止します。 - 取り扱う情報の定義
利用者の個人情報など、機密性の高い情報を扱うことを原則禁止するなど、情報のレベルに応じたルールを設けます。 - インシデント発生時の対応
端末を紛失した際や、ウイルスに感染した疑いがある場合に、誰に、どのように報告するかの手順を明確にします。
これらのルールを文書化し、全職員に周知徹底することが重要です。
徹底したセキュリティ対策の義務化
ルールを作るだけでなく、それを担保するための技術的なセキュリティ対策も義務付けるべきです。例えば、端末には必ずパスワードロックや生体認証を設定することを必須とします。
また、MDM(モバイルデバイス管理)と呼ばれるツールを導入することも有効な手段です。MDMを導入すれば、事業所側から各端末のセキュリティ設定を統一したり、紛失時に遠隔でデータを消去したりすることが可能になります。
さらに、ウイルス対策ソフトの導入や、安全性が確認できない公共Wi-Fiへの接続禁止などもルールに盛り込むべきでしょう。
職員への継続的な教育と啓発
どんなに精巧なルールやシステムを導入しても、それを使う職員のセキュリティ意識が低ければ意味がありません。BYODに潜むリスクや、なぜルールを守る必要があるのかについて、定期的に研修を実施することが不可欠です。
情報漏洩がどのような結果を招くのか、具体的な事例を交えながら説明することで、職員一人ひとりの当事者意識を高めることができます。
ルールは作って終わりではなく、継続的な教育を通じて、組織全体の文化として根付かせていく努力が求められます。
まとめ

BYODは職員や利用者が自分の端末を業務に使う仕組みで、福祉の現場でも広がっていますが、情報漏洩や公私混同、公平性の欠如など大きなリスクを伴います。事業所にとっても法的責任や労務管理の複雑化、情報共有の困難化といった課題があります。
安全に導入するには、利用範囲や情報の扱いを明確に定めたポリシー策定、MDMによる統一的な管理、職員への継続的な教育を徹底し、組織全体でセキュリティ意識を高めることが不可欠です。
あとがき
この記事を書きながら、福祉の現場で進むBYODの利便性と同時に、その裏に潜む多くのリスクの大きさを改めて実感しました。コスト削減や効率化のメリットがある一方で、情報漏洩や公私混同、不公平感といった課題は利用者や職員に深刻な影響を与えかねません。
特に個人情報を扱う福祉分野では、些細な油断が信頼の失墜や事業の継続危機に直結します。だからこそ、MDMの導入や利用規定の策定、職員への継続的な教育が欠かせないと感じました。


コメント