日本とフィンランド障がい者就労の支援構造比較

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世界的に「福祉大国」として知られるフィンランドと、独自の支援制度を持つ日本の障がい者就労には、哲学や仕組みの面で大きな違いがあります。特に、障がいのある方の働く意欲や自立をどう捉え、社会全体でどのように支えるかという根幹部分が異なります。日本の就労移行支援や法定雇用率といった制度に対し、フィンランドはより社会参加(インクルージョン)と個人の主体性を重視したアプローチを取ります。本記事では、両国の障がい者就労支援の構造とサポートの違いを比較します。

日本型就労支援の構造 サービスと法定雇用率

日本の障がい者就労支援は、主に障がい者総合支援法に基づく福祉サービスと、障がい者雇用促進法に基づく法定雇用率制度(障害者雇用率制度)という二本柱で構成されています。

この構造は、障がいのある方が段階を踏んで一般企業への就職を目指す、体系的な就労支援を提供します。

主要な就労系障がい福祉サービスは以下の通りです。

  • 就労移行支援: 一般企業への就職を目指す方への職業訓練や求職活動支援(標準利用期間2年間)。
  • 就労継続支援(A型/B型): 一般企業での雇用が難しい方に、働く機会と訓練を提供。A型は雇用契約があり、B型は雇用契約がなく体調に合わせて働けます。
  • 就労定着支援: 就職後、長く働き続けるための職場・生活面のサポート(最長3年)。

法定雇用率制度は、企業に障がい者の雇用割合を義務付け、雇用機会を創出します。しかし、この制度は「障がい者手帳」の保有を支援利用の客観的証明とするため、「客観的サービス」の側面が強いのが特徴です。

この枠組みは支援の必要性を明確にする一方、利用者がサービスを受けるまでに時間を要する要因にもなり得ます。日本は、国が定める制度の中で、段階的かつ組織的な支援を展開しています。

フィンランド型就労支援の思想 個人の主体性と対話

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フィンランドの障がい者就労支援には、日本のような法定雇用率制度がありません。

その根底には、障がいの有無にかかわらず、全ての市民が平等な権利と社会参加(インクルージョン)の権利を持つという北欧の福祉思想があります。

支援のあり方は、個人の主体性とニーズに極めて重点を置いています。

フィンランドの福祉サービスの特徴は、利用者が自ら受けるか判断できる「主観的サービス」の側面が強いことです。

障がい者手帳などの客観的証明がなくても、必要と判断されれば柔軟に支援を受けられます。これにより、福祉サービス利用を市民の権利として捉え、行政の手続きによる障壁を極力減らしています。

具体的な支援の特徴として、一般就労と失業の間にあるステップとして機能する「中間労働市場」が存在します。

ここでは賃金補助や職業訓練が提供され、労働能力を段階的に回復させ、一般市場へのスムーズな移行をサポートします。

また、職場文化や支援において「対話」が重視されます。アンティシペーション・ダイアローグのような対話手法を通じて、当事者の望む働き方を尊重し、柔軟な支援を構築します。

教育段階でも、生活訓練(TELMAコース)と職業訓練(VALMAコース)が設けられ、個人のペースに合わせたスキル習得が支援されており、教育から就労へのつながりが重視されています。

フィンランドは、障害者手帳や受給者証がありません。障害者本人が主観的に自らの障害のニーズに応じて、どんなサービスが必要かを捉え、生活する上で必要な支援を受けたいと申し出れば、支援を受けることが可能なのです。フィンランドは、人権の尊重という概念が根付いており、第三者が判断するのではなく、自分自身が受けるかどうかを主体的に決められるのが、フィンランドの特徴の一つです。

はなえみ通信

日フィン就労支援の決定的な違い 制度と理念

日本とフィンランドの就労支援の決定的な違いは、「制度の目的とアプローチ」の根本的な差にあります。

日本型支援の主な特徴は以下の通りです。

  • 雇用確保の強制力:法定雇用率により、企業に雇用機会の創出を義務付けます。これは、障がいのある方の雇用数を確実に増やすための強力な手段です。
  • 体系的な移行支援: 就労移行、A型、B型、定着支援と、福祉サービスが段階的に分かれており、利用期間や条件が明確です。
  • 専門性の分化: 支援機関がハローワーク、就労移行支援事業所、就業・生活支援センターなど、役割に応じて分化しています。

一方、フィンランド型支援の主な特徴は以下の通りです。

  • 市場の自然な包摂: 法定雇用率に頼らず、社会的企業(ソーシャルファーム)の育成や賃金補助を通じて、一般市場への社会参加(インクルージョン)を促します。
  • サービス利用の柔軟性: 障がい者手帳などの証明を必須としない主観的サービスであり、個人のニーズに応じた柔軟な支援を提供します。
  • 一貫したサポート: 雇用経済産業省からの賃金補償制度など、雇用主への経済的支援を通じて、職場環境の整備を促します。

日本は「雇用機会の確保」と「段階的な訓練」に重点を置く「客観的・構造化されたアプローチ」であるのに対し、フィンランドは「個人の尊厳と柔軟な支援(フィンランド)」、そして社会的な包摂に重点を置く「主観的・柔軟なアプローチ」と言えます。

この理念の違いが、両国の支援構造に色濃く反映されています。

雇用促進と環境整備 企業側へのサポート比較

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障がいのある方を雇用する企業側へのサポートにも、両国の制度的な違いが表れています。

日本においては、企業が障がい者を雇用しやすい環境を整備するための「経済的支援」が充実しています。

  • 助成金制度: 特定求職者雇用開発助成金や障がい者トライアル雇用助成金など、雇用フェーズに応じた多様な助成金があります。
  • 納付金制度: 障がい者雇用納付金制度に基づき、法定雇用率を達成できない企業から徴収した納付金を、達成企業や支援事業に充て、雇用促進を間接的に支援します。
  • 特例子会社: 障がいのある方の雇用に特別に配慮した子会社を設立し、グループ全体の雇用率達成を後押ししています。

これに対し、フィンランドでは、雇用主への支援はより「直接的」かつ「柔軟」に行われます。

  • 賃金補償制度: 雇用経済産業省から、医師の診断書を要件に、最長2年間、最大で給与の75%が雇用主に支給される制度があります。これは、障がいのある方の生産性が低いとされる初期段階での企業の経済的リスクを大幅に軽減します。
  • 職場サポート費用: 就労環境整備に要する経費に対して、最大4000ユーロまでの助成が行われるなど、個別の職場環境改善に特化した支援があります。

フィンランドの支援は、「働くことは市民の権利であり、雇用主に経済的負担を押し付けない」という考えに基づき、賃金補助や環境整備助成といった具体的な財政支援によって、雇用を促進しています。

日本が「雇用率達成」を主要な目標とするのに対し、フィンランドは「働く環境の維持」に公費を投入する傾向が強いと言えます。

今後の展望と課題 日本とフィンランドの相互学習

両国の就労支援にはそれぞれ利点があり、相互に学び合うべき課題も存在します。

日本は、法定雇用率という強い制度的枠組みにより、雇用者数を確実に増やし、体系的な訓練ルートを確立した点が強みです。

しかし、その反面、訓練や支援のプロセスが画一的になりがちで、個人の多様なニーズへの柔軟な対応が課題となることがあります。

一方、フィンランドは、社会参加(インクルージョン)の理念に基づき、個人の主体性を尊重し、社会参加を促す柔軟な支援に優れています。

また、職場での対話文化が発達しており、仕事の属人化を避けることで、障がいのある方だけでなく、すべての従業員が安心して働ける環境づくりが進んでいます。

日本障がい者就労支援がフィンランドから学べる点としては、「客観的な証明(手帳)に頼りすぎず」、個人のニーズに基づいた主観的で柔軟なサービス提供への移行や、職場での「対話」を通じた心理的な安全性の確保が挙げられます。

逆に、フィンランド側が日本から学ぶべき点も指摘されています。

特に、日本の就労移行支援などの訓練を通じた企業就労への具体的なステップや、その支援ノウハウは、企業就労を促す社会資源が比較的少ないフィンランドにとって有益であると考えられています。

両国が、それぞれの強みである「構造的な雇用創出(日本)」と「個人の尊厳と柔軟な支援(フィンランド)」を組み合わせることで、より理想的な障がい者就労支援のモデルを構築できる可能性を秘めています。

まとめ

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日本の障がい者就労支援は、法定雇用率と就労移行支援などの福祉サービスに基づく「客観的・構造的な雇用確保」を重視します。

一方、フィンランドは社会参加(インクルージョン)と主体性を基盤とし、手帳を必須としない主観的サービスを展開。賃金補償制度などによる「中間の就労市場」整備が特徴です。

両国はそれぞれ強みを持つため、構造的な雇用創出(日本)と個人の尊厳・柔軟な支援(フィンランド)を組み合わせることで、より質の高い支援体制への進化が期待されます。

あとがき

筆者も障がい者のひとりとして、今回の記事執筆にあたり、日本とフィンランドの障がい者就労支援の違いに心から驚きました。

特に「根底にあるのは、障がいの有無にかかわらず、全ての市民が平等な権利と社会参加(インクルージョン)の権利を持つという北欧の福祉思想」という理念に深く感銘を受けました。

日本もこの思想を取り入れ、制度がより個人の主体性と柔軟な支援に寄り添ったものへと発展することができれば、より理想的な障がい者就労支援が実現するでしょう。

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