障害者雇用に取り組む企業が増え、多様な人材が活躍する機会が広がっています。しかし、良かれと思った言葉や無意識の態度が、当事者の心を傷つけることがあります。それがマイクロアグレッションです。本記事ではマイクロアグレッションとは何か、なぜ職場で起きやすいのか、企業や同僚がどう防ぐべきかを解説します。障害者雇用を「雇って終わり」にせず、多様性の理解と実践に向けて一緒に考えましょう。
1. マイクロアグレッションとは何か
現代の職場では、誰もが働きやすい環境づくりが求められています。その中で近年注目されているのが、明確なハラスメントではなく、もっと微細で見えにくい「マイクロアグレッション」と呼ばれる言動です。
たとえば、障害のある人に「障害があるのに働けてすごいですね」と声をかけたとします。言った側は励ましのつもりでも、言われた側は「健常者と比べて下に見られている」と感じるかもしれません。
こうした善意の言葉でも、受け取り方によっては侮辱や軽視として伝わってしまう──それがマイクロアグレッションの難しさです。
この言葉は1970年代、チェスター・ピアス氏が人種間の差別に着目して提唱しました。その後、障害、性別、年齢、宗教、性的指向など、さまざまなアイデンティティに関わる文脈で使われるようになりました。
特に職場では、上下関係や空気を読む文化の中で、指摘しづらさが加わり、問題が見過ごされやすくなるようです。
3つのタイプとその特徴
マイクロアグレッションには大きく3つのタイプがあります。相手を無意識に傷つける「マイクロインサルト」、感情や経験を否定する「マイクロインバリデーション」、そしてより意図的な差別的言動「マイクロアサルト」です。
多くの場合、発言者は「悪気はなかった」と考えており、「冗談だった」「気にしすぎ」と済まされてしまうこともあります。
たとえ一つひとつは小さくても、その言動が繰り返されれば、受け手の自己肯定感や職場への信頼感がじわじわと削られていきます。マイクロアグレッションは見えにくくても、決して軽視してはいけない重要な課題のひとつなのです。
2. 職場で起きやすいマイクロアグレッションの例
では、障害者雇用の現場では具体的にどのようなマイクロアグレッションが起きているのでしょうか。以下に、ありがちな例を挙げてみます。
- 「手伝ってあげようか?」と毎回聞かれる
- 「障害があるのに、よく頑張ってるね」と言われる
- 何かあるたびに「無理しなくていいよ」と言われる
- 障害に対して過度な配慮をする
- 冗談っぽく「○○さんって天然?」とからかわれる
これらの言動は、意図的な差別ではなく、多くが「親切心」や「気遣い」から来ているのが特徴です。
しかし、繰り返されると、本人は「自分だけ仲間外れにされている」「能力を疑われている」と感じてしまい、職場への不信感を抱く原因になることもあります。
そうした空気が広がれば、せっかくの多様性が職場の力にならず、誰にとっても働きにくい環境になってしまうでしょう。
特に注意したいのは、「その人に何も聞かずに、よかれと思って判断する」ということです。これは相手の尊厳を奪う行為になりかねません。
たとえば、業務を軽くする、打ち合わせから外すといった「配慮」が、本人にとっては「仕事を任されていない」「信用されていない」と受け取られる場合もあります。
大切なのは、相手の意見や希望を確認したうえで対応を考えることです。思いやりを押しつけるのではなく、対話の中から信頼関係を築いていく姿勢が求められます。
3. 悪意がないからこそ見過ごされる
マイクロアグレッションが厄介なのは、その多くが「善意」や「無知」から生まれるという点です。言った本人に差別の意識はなく、むしろ「いいことを言ったつもり」であるケースも少なくありません。
そのため、周囲の人も「そんなつもりじゃなかったんだから気にしなくていい」と、当事者のモヤモヤを軽視してしまうことがあります。
本人の気持ちが十分に尊重されず、「気にしすぎ」と片付けられてしまえば、相談しづらさがさらに強まり、問題が見過ごされ続けてしまいます。
結果として、当事者は「自分が神経質すぎるのかもしれない」「ここでは何も言えない」と感じてしまい、孤立感を深めてしまいます。表立った衝突がない分、周囲も気づきにくく、無意識のうちに傷つけてしまっている場合があるのです。
企業としては、障害者雇用を進めるだけでなく、こうした見えにくい「心の壁」を少しずつでも取り除いていく努力が必要です。
制度面の整備だけではなく、社内の人間関係やコミュニケーションのあり方を見直すことも、雇用の継続と定着には欠かせない視点です。
悪意のない言動こそ、一人ひとりが振り返ることが大切です。「自分は差別なんてしていない」と思っていても、相手がどう感じるかに目を向けることで、本当の意味での思いやりや配慮が生まれます。
その積み重ねが、誰もが安心して働ける職場づくりにつながっていくのです。
4. 企業や職場ができる取り組みとは
マイクロアグレッションを減らし、誰もが安心して働ける職場をつくるためには、具体的な取り組みが必要です。ポイントは「気づき」と「対話」を促す仕組みづくりです。
- 社員向け研修:マイクロアグレッションに関する基礎知識や、ありがちな言動を学ぶ場を設ける
- 本人の声を聞く場:「こうされると困る」「これは助かる」といった生の声を社内で共有できる機会を作る
- 相談しやすい風土:困ったときに話せる相手や仕組み(ピアサポーターや第三者相談窓口など)を整備する
- チーム単位での対話:一律の配慮ではなく、現場ごとの関係性の中でどうするかを話し合う文化づくり
また、管理職やリーダー層が率先して取り組むことも重要です。「自分は無意識にどんな言動をしているか?」を考える姿勢が、組織全体に広がっていきます。
障害者雇用は、「採用」した時点がスタートであり、「活躍」までをどう支えるかが問われる時代です。制度だけでなく、日々の言葉と態度にも目を向けていきましょう。
5. 当事者の声に耳を傾けることの重要性
マイクロアグレッションを減らしていく上で、効果的なアプローチの一つとされるのが当事者自身の声を尊重し、直接聞くことです。
障害や疾患のある方が日々感じている違和感や困りごとは、外から見ただけではわかりません。だからこそ、「何がよくて、何が嫌か」を対話の中で確認する姿勢が求められます。
企業によっては、「トラブルを避けるために距離を取る」ような対応をしてしまう場合もありますが、それは逆効果です。
大切なのは、「聞いてもいいのか」「配慮をお願いしてもいいのか」とお互いが安心して話し合える関係を作ることです。これにより、誤解や遠慮が少なくなり、無意識のマイクロアグレッションも防ぎやすくなるでしょう。
また、障害を公表していない社員もいることを忘れてはいけません。
すべての人が自分の特性や事情をオープンにできるわけではありません。だからこそ、「誰にでもありうること」として全体のコミュニケーションの質を高めていくことが、広い意味でのインクルーシブな職場づくりにつながります。
当事者から「こうしてもらえると助かる」という声が聞こえたとき、それに耳を傾け、行動に移すことが企業としての信頼にもつながります。
制度やルールだけでなく、人と人との対話を土台にすることが、形だけではない実質的な障害者雇用の一歩となるのです。
まとめ
障害者雇用は単に「採用する」だけで終わるものではありません。多様な個性や背景を持つ社員が安心して力を発揮できる職場環境をつくることが、本当の成功です。
マイクロアグレッションのような見えにくい課題に目を向けることで、互いの理解や信頼が深まり、組織全体の成長につながります。
障害者雇用の現場が、誰もが自分らしく輝ける場所であり続けるよう、みんなで支え合っていける職場を目指しましょう。
あとがき
この記事を通じて、マイクロアグレッションの見えにくい問題や、職場での配慮の大切さを感じていただけたら幸いです。
誰もが安心して働ける環境づくりは、一人ひとりの意識から始まります。ぜひ、今日から周囲の言動に目を向けてみてください。
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